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福岡高等裁判所 昭和38年(う)553号 判決

被告人

山下隆二 ほか三名

主文

原判決を破棄する。

被告人山下隆二、同今仁久雄、同小野明、同中村邦臣をそれぞれ罰金二、五〇〇円に処する。

同被告人らにおいて右各罰金を完納できないときは、金二五〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

原審並びに当審における訴訟費用中、原審証人岡崎林平に支給した分は、昭和三五年五月一二日(原審第六回公判)出頭分については被告人小野を除くその余の被告人三名の平等負担とし、同年一一月一七日(原審第八回公判)出頭分については、被告人中村を除くその余の被告人三名の平等負担とし、同年一〇月四日(原審第七回公判)出頭分については被告人四名の平等負担とし、原審証人溝江三似に支給した分は、同年五月一二日(原審第六回公判)出頭分については、被告人小野を除くその余の被告人三名の平等負担とし、同年一二月一三日(原審第九回公判)出頭分については被告人四名の平等負担とし、原審証人三好雅司、同白土光夫に支給した分は被告人今仁を除くその余の被告人三名の平等負担とし、当審証人徳永邦敏に支給した分は被告人今仁の負担とし、当審証人古賀藤久、同島田二男、同渡辺魏に支給した分は被告人小野の負担とし、その余の原審並びに当審証人に支給した分は全部被告人四名の平等負担とする。

理由

本件抗訴の主意は福岡高等検察庁検事子原一夫提出にかかる福岡地方検察庁検察官検事栗本義親作成の控訴趣意書及び弁護人諫山博、同谷川宮太郎、同立木豊地提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次に示すとおりである。

第一、検察官の控訴趣意第一点(事実誤認の論旨)について

所論は、要するに、本件控訴事実の要旨は「被告人山』、同今仁、同小野、同中村ら四名は、昭和三四年六月八日より三日間福岡市西新町福岡県立社会教育会館において開催された中学校教育課程(技術家庭)九州地区研究協議会の開催に反対し、同月七日右社会教育法館附近において同研究協議会参改者に対し不参加の説得をするため見張をしていたが、同会館内に宿泊中の同研究協議会参加者に対し不参加の説得をする目的をもつて、同会館内に侵入することを企て、管理者である同会館長馬場常彦において立入を拒否し門扉を閉し施錠してあるに拘らず、その許可を受けることなく同日午後一一時頃被告人工仁、同中村はいずれも同会館正門附近コンクリート塀を乗り越えて同門内に入り、被告人小野、同山下は右被告人中村が勝手に右正門内側より同門東脇門扉を開放したので同箇所より門内に入つた上、被告人らは前記研究協議会参加者らの宿泊している同会館宿舎用建物内に立入り、さらに翌八日午前零時頃同会館長馬場是彦より退去の要求を受けながら、同日午前二時頃警察官より連行されるまで同会館内より退去せず、もつて正当の事由なく同会館長馬場常彦の看守する同会館建物内に侵入し、且つ退去の要求を受けてその場より退去しなかつたものである」というにあり、これに対して原判決は本件事件発生に至る経過と事件の概要を判示したのち罪となるべき事実として「被告人中村、同今仁は昭和三四年六月七日午後一一時頃前記会館正門脇西側通用門符近から同会館長馬場常彦管理にかかる同会館建造物内にほしいままに立入り、もつて人の看守する建造物に故なく侵入し、且つ右管理者馬場館長の代行として指導主事よりマイクをもつて退去の要求を受けながら翌八日午前二時一〇分頃警官隊による強制退去の措置が行なわれるまで会館内に滞留して退去せず、被告人山下、同小野は同月七日午后一一時頃門扉の開放されていた正門脇東側通用門より馬場会館長の管理下にある前記会館建造物内に立入り、管理の代理を認容されていた岡崎教育長より退去の要求を受け、さらに同日午后一一時三〇分頃より翌八日午前〇時五〇分頃までの間管理者馬場会館長の代行として指導主事からマイクで繰り返し退去の要求を受けながら、同日午前二時一〇分頃警官隊による強制退去の措置が行なわれるまで会館内に滞留し、正当の理由なくして退去しなかつたものである」との事実を認定し、被告人中村、同今仁については建造物侵入の事実を認容しながら、被告人小野、同山下については同被告人らが右会館の管理者馬場会館長の意思に反し、ないしは反すると推測しうる状況にあることを認識しながら、同会館内に侵入したことにつき犯罪の証明が十分でないとして、不退去の事実のみを認定して建造物侵入の事実を否定した。しかしながら、原判決が被告人山下、同小野について建造物侵入の事実を否定しこれを認容しなかつたのは明らかに事実を誤認したものであつて、この誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というにある。

よつて、審按するに、被告人山下、同小野に対する所論控訴事実について、原判決が、所論のように、「建造物侵入罪の成立条件たる犯意ありとなすには、管理者の意見に反し、または反すると推測しうる状況にあることを認識しながら、あえて構内に立入ることが必要である」とし、「被告人山下、同小野が前記教育会館正門東側通用門から入る際には同門はすでに開放されていて多数の組合員が入門しており、しかも証拠上窺知し得られるように当時附近には誰一人これを制止するものもおらなかつた状況に、右被告人両名においては門扉が開放された前後の事情を知らなかつたことをも考え合わせると、同被告人両名の『立入りが許されたものと思つて入つた』旨の供述も首肯し得られないではなく、単なる弁解としていちがいに排斥しがたいものがあるので、結局同被告人両名が会館の管理者の意思に反し、ないしは反すると推測し得る状決にあることを認識しながら会館内に侵入したことについては犯罪の証明が十分でないことに帰する」として、同被告人らの建造物侵入の事実を認めなかつたことは、原判文上明らかである。

そこで、被告人山下、同小野の建造物侵入の事実の存否について検討するに、原判決挙示の証拠を綜合すると、被告人山下は福岡県高等学校教職員組合(以下単に福高教組という)の副執行委員長として“同小野は福岡県教職員組合(以下単に福教組という)の執行委員長として、昭和三四年六月八日から三日間、社会教育会館(以下単に会館という)において開催される文部省及び福岡県教育委員会(以下単に県教育委員会という)共催の昭和三四年度中学校教育課程(技術、家庭)九州地区研究協議に反対する上位組織たる日本教職員組合(以下単に日教組という)の指示並びにこれに基づく福高教組及び福教組の右協議会開催阻止の対策に従い、同協議会に参加するため会館に集合してくる受講予定者に対し不参加説得を行なう目的のものに。被告人山下は同月七日午后三時頃、同小野は他の福教組組合員六、七十名と共に同日午后七時会館周辺に来集して待機していたこと。右協議会の会場設営の任に当つた県教育委員会では同協議会の開催が組合(福教組、福高教組をいう。以下同じ)側の不参加説得等の方法で防害されるかもしれないと危惧し、これに対処するため事前にその所管に属する会館の門扉を補修し、周囲の垣を修理して外部からみだりに侵入できないようにし、会館では県教育委員会からの連絡により同日朝から会館の正門その他構内への各出入口を閉鎖し、正午頃には正門をはじめ裏門、通用門など四、五ケ所に「中学校技術、家庭研究協議会参加者以外の方の構内立入りを堅くお断りします。但し研修所員、社会教育会館の方は此の限りではありません。福岡県社会教育会館長」と書いた会館長名による立入禁止の立札を立て、指導主事数名が正門内側の研修所前において受付と警備の任に当り、正門脇東側通用門のみ受付係員において受講予定者その他の関係者であることを確認して入門させ、その後は再び閉鎖して閂をかけるなど厳重な措置を講じていたこと、他方受講予定者に対する不参加説得行動に参加するため会館周辺に来集してきた福高教組、福教組の各組合員らは正門或いは裏門前に集つて(その数一〇〇名前後に達す)来館してくる受講予定者の入門を阻止する態勢をとり、正門前には道路を隔てて天幕を張り不参加説得をなすべく待機し、緊迫した空気がただよつていたこと、このような状況の下に、やがて同日午后一一時頃会館正門に到着した林という女性の指導主事が、当時受付係をしていた熊谷、中村両指導主事の正門内部からの誘導により、東側通用門から入門しようとしたが、附近にいた組合員に阻止されて遂に入門することができず、受付係の右指導主事と組合員らとの間に多少のいざこざが起きたところ、それまで正門脇西側通用門の石柱の上にあがつて受付係の指導主事に対し岡崎教育長や萩島教育課長らへの交渉要求の取次方を申入れていた被告人中村が会館の敷地内に飛ぶ降り、これを見た熊谷指導主事が同被告人を退去さすべくかけよつて同被告人と問答を交わしているうちに、さらに組合員の一人(それが被告人今仁であるかどうかについては今ここで触れない)が、右西側通用門附近から同敷地内に飛び降り、前記協議会運営本部の事務室並びに受講予定者の宿泊所にあてられている会館建物の方向へ走つたこと、これを見た熊谷指導主事がその組合員の後を追いかけ、また中村指導主事も急拠熊谷指導主事に加勢すべく正門脇東側通用門のところを離れたところ、寸時を出でずして同通用門の門扉が開かれて、同通用門及び正門前附近にいた組合員数名が同通用門から会館構内に侵入し、これに続いて同所並びに会館周辺にいた他の組合員もつぎつぎに侵入したこと、このような事態の急変をみてはわずか数 の指導主事では到底これに対処することができず、あるものは前記協議会運営本部への連絡報告に走り、あるものは侵入した組合員の後を追うなどして右往左往しているうちに多数の組合員は意のままに侵入したこと“被告人小野は当時天幕内で仮眠していたが組合員の一人から起され、多数の組合員が続々会館構内に入つているのを知り、これに続いて右東側通用門から会館構内に入り、被告人山下は当時会館裏門附近から正門前に引き返してきたところであつたが、これまた多数の組合員がすでに会館構内に入つていることを知り同通用門から会館構内に入つたこと、被告人小野、同山下が会館構内に入つた頃には正門内側附近には受付の指導主事がおらず、同被告人らの立入りを制止するものがいなかつたこと、その後同被告人らは多数の組合員と共に会館建物内に立入り、岡崎教育長に話合を求めたり、受講予定者の居室に入つて協議会不参加を説得したりしたが、その間同教育長が退去を要求し、或いは馬場会館長の代行として指導主事が同日午后一一時三〇分頃から翌八日午前一時五〇分頃までマイクで組合員の即時撤去を要求しているにもかかわらずこれに応ぜず、同八日午前二時一〇分頃県教育委員会側の要請により出動した警官隊による強制退去の措置がとられるまで会館内に滞留して退去しなかつたこと、などの事実並びに状況が認められる。これらの事実関係に徴すれば、県教育委員会並びに会館側においては、会館の敷地内もしくは会館の建物内への組合員の立入につき、本件当日正午頃から終止これを厳禁していたのであつて、途中でこれを許容した事跡を認むべきものなく、また許容の事実を推測せしめるに足りる情勢の変化があつたとは認められず、被告人山下の「会館の正門に部外者の立入りを禁止するという立札があつたのは見ていた」旨、同小野の「正門に立札が立つていて、無断立入禁止の趣旨であることを誰かから聞いた」旨の各原審公判廷における供述をあわせ考えると、同被告人らが会館管理者ないし本件協議会設営の任に当つていた県教育員員会側職員の立入禁止の意思に反しまたは反すると推測し得る状況にあることを認識しながらあえて会館構内に侵入したものであると認めるのが相当である。もつとも、前記のとおり被告人山下、同小野が前記正門脇東側通用門から会館構内に立入る頃には、同門内側附近に県教育委員会の職員がおらず、同被告人らの立入りを制止するものがいなかつたのであるから、同通用門から組合員らが侵入しはじめた頃一時仮眠し或いは裏門附近に行つていた同被告人らとしては、同門の門扉が如何なる事情によつて開放されたかその前後の状況について詳細なことを知らなかつたとも考えられるが、それまでの会館並びに県教育委員会側の態度、当時の雰囲気、時刻及び当時参集していた多数の組合員が福高教組或いは福教組の幹部である同被告人らの指揮、統制を待たずさきに会館構内に入つたことなど前記事実に現われた状況に鑑みるとき、同被告人両名の原審公判廷における「立入りが許されたものと思つて正門脇東側通用門から入つた」旨の各供述はいずれも首肯できない。したがつて、右東側通用門から会館構内に立入つた同被告人両名の各所為は会館管理者の意思に反して立入つた侵入行解と解するのが相当であつて、ことこれに反し同被告人両名の右侵入行為の成立を否定した原判決は、いささか局部的な現象に拘泥するの余り前後の事情との関連を看過し、証拠の証明力の判断を誤り、事実を誤認したものといわなければならない。論旨は結局理由がある。

第二、弁護人諫山博、同谷川宮太郎、同立木豊地の控訴趣意中事実誤認の論旨について

一、被告人中村の立入り行為について

所論は、要するに同被告人は本件当時会館正門脇西側通用門の石柱にのぼつて正門内側にいた受付の指導主事に岡崎教育長への交渉取次方を要求していたが、右指導主事が明確な返答をしないか、もしくはにやにや笑つて黙殺するばかりでかつたので、同指導主事に面と向つてさらに右取次方を要求するため右門柱から会館構内に飛び降りたのであつて、会館建物内に入つて行くことまでは考えず、はじめから不法に侵入する犯意がなかつた、というのである。しかしながら、原判決摘示の「事件の概要並びに罪となるべき事実」中、被告人中村に関する部分は、原判決挙示の証拠によつて優に認められるところであり、証拠の証明力に関する原審の判断にいささかも不合理な点はなく、その他記録を精査しても同被告人に侵入の犯意がなかつたとは認められない。また、右証拠によれば、会館の敷地が門扉、生垣、柵等の囲障でもつてめぐらされていることが認められ、建造物さる会館への侵入は右敷地への侵入も含まれると解されるから、たとえ所論のように会館建物の中に入つて行くことまで考えなかつたとしても、建造物侵入の犯意の成否に消長を及ぼすものではない。論旨は理由がない。

二、被告人今仁の立入り行為について

所論は、被告人今仁は原判決に摘示するように「昭和三四年六月七日午后一一時頃会館正門脇西側通用門附近から会館構内に飛び降り、本件協議会運営本部の事務室並びに受講予定者の宿泊所にあてられている会館建物の方向へ走り入り、もつて建造物(囲繞地を含)に故なく侵入した」ことはなく、すでに開放されていた正門脇東側通用門から他の組合員と共に公然と会館構内に入つたものである。というにある。そこで記録を精査するに、原判決挙示の関係証拠によれば、同被告人が同日午后六時頃会館正門前附近に至り、本件協議会に参加するため会館に集つてくる受講予定者に対し不参加詳得をなすべく同正門前に待機していたこと、やがて同日午后一一時頃林という女性の指導主事が正門前に到着した際、正門脇東側通用門から誘導して会館に入れようとする県教育委員会の熊谷、中村両指導主事と、これを阻止しようとする組合員数名との間にいざこざが起きたこと、それまで正門脇西側通用門の石柱に上つて、正門内に受付係をしている右熊谷、中村指導主事らに対し、岡崎教育長や萩島教育課長らへの交渉の取次方を要求していた相被告人中村が、会館敷地内に飛び降り、これをみた熊厄指導主事が、同被告人を退去さすべくかけよつて同人と問答を交わしているうちに、さらに組合員の一人が右西側通用門附近から同敷地内に飛び降り、本件協議会運営本部並びに受講予定者の宿泊所にあてられている会館建物の方向へ走つたので、熊谷主事がこれを追いかけたこと、これをみた中村指導主事が慌てて右東側通用門のところから離れ、熊谷主事に続いてその組合員の後を追いかけはじめたが、寸時を出でずして同通用門の門扉が開かれて、同通用門及び正門前附近にいた数名の組合員が同通用門から会館構内に立入り、これに続いて同所並びに会館周辺にいた組合員がつぎつぎに立入つたこと、他方会館側においては、さきに検察官の控訴趣意第一点について説示したとおり、当日は朝から正門その他構内への出入口を閉鎖し、正后頃には正門をはじめ裏門、通用門など四、五ケ所に会館長名による立入禁止の立札を立て、その後指導主事数名が正門内側の研修所前に受付と警備を兼ねて、正門脇東側通用門から本件協議会参加者その他関係者のみ一々確認して入門させ、組合員の無断入門を厳禁し、一度もこれを開放し組合員の立入を許容したことがなく、またこれを推測せしめるに足る情勢の変化がなかつたこと等の事実並びに情況が認められる。したがつて、前記のように会館構内に立入つた組合員らの所為は特段の事情のないかぎり会館の管理者ないし本件協議会設営の任に当つていた県教育委員会側の職員の意思に反し“または反すると推測し得る状況にあることを認識しながら、あえて会館構内に侵入したものと認めるのが相当である。ところで、原審は、前記中村被告人に続いて正門脇西側通用門から飛び降り会館構内に侵入した一組合員が被告人今仁に外ならないと認定し、所論はこれを争うので、この点について検討するに、原判決挙示の原審証人中村喜代志、同熊谷喜栄、同萩資達太郎、同岩下光弘の各証言を精査すると、原審の右認定は相当であると認められ、その認定についての判断説示にことさら不合理な点があるとは認められない。被告人今仁が原審判判廷において「当日(六月七日)午后一〇時過西新荘から帰つて再び正門前の道路、テント附近におり、いろいろ話をし、また会館受付の方に対して呼びかけを盛んにやつておつたわけですが、福教組の中村書記次長(被告人中村)が交渉を取りつけて中に入りまして、数分して向つて右側の通用門が開いたわけです。それで私達も当然何か話合ができたんではないかというようなことで、皆と一緒に入つていつたということです」、「自分は通用門が開いたころは、同門から三、四米か、とにかく道路の通用門よりも大門の前くらいで道路の中程くらいにおつた」、「通用門が開いたら何名かの組合員が通用門から会館構内に入つたが、これを阻止するような声はなかつた」「自分としては中村がうまく話をつけて交渉できるようになつたのだと思つて入つたので、不法に入つているという意識は全然もたなかつた」という趣旨の供述をし、原審における証人徳永邦敏、同佐々木清隆も被告人今仁の右供述とほぼ同旨の証言、すなわち「正門前附近に一番近くいた人達が、門が開いたぞ、といつて数名の組合員が会館構内に入り、つづいて被告人今仁が他の組合員に連絡をとつてくれと言う残して会館構内に入つていつた」という趣旨の証言をしているのであるが、これらの供述並びに証言は、前掲の原審証人、中村喜代志、同熊谷喜栄、同萩島達太郎、同岩下光弘の各証言及び前段認定の各事実に照らし、にわかに措信できず、仮りに被告人今仁が正門脇東側通用門から数名の組合員に続いて構内に入つたものであるとしても、それは、同通用門の門扉が開かれた直後のことであり、前段認定のような当時の状況、また同被告人の前記立入禁止の立札が立つていることを知つていた旨の原審公判定廷での供述等に還み、結局において会館管理者ないし県教育委員会の職員の意思に反し、または反すると推測し得る状況にあることを認識しながら、あえて会館構内に侵入したものと認めるに難くない。したがつて、同被告人の立入行為についての原審の認定は結局において相当であり、その他記録を精査しても原判決の認定に判決に影響を及ぼすべき事実誤認があるとは認められない。論旨は結局において理由がない。

三、被告人らの不退去行為について

所論は、要するに、原判決が「被告人らは警官隊による強制退去の措置が行なわれるまで会館内に滞留して退去しなかつた」旨認定したのは事実を誤認したものである。というにある。よつて、審按するに、刑法東一三〇条後段の不退去罪は同法条に規定する住居、建造物等に適法に入つたものが過去要求を受けながら正当の理由なく退去しない場合をいうのであつて、当初から不法に侵入したものについては、同条前段のみが適用され、そのものが退去するか、また改めて滞留の承諾があるまで、不法侵入の状態が継続し、別に同条後段の不退去罪をもつて論ずべきではないと解せられるところ、言判決が被告人中村、同今仁について同条前段に該当すべき侵入事実を認定し、被告人山下、同小野については会館構内に侵入した証明が十分でないとして同条後段による不退去の事実のみを認定したことは、原判文上明らかである。ところで、被告人中村、同今仁の会館への立入行為が、侵入行為に当ることはすでに説示したとおりであり、また被告人山下、同小野の本件立入行為が会館管理者の意思に反し、ないし反すると推測し得る状況にあることを認識しながら会館構内に侵入したものと認むべきことは、すでに検察官の控訴趣意第一点について説示したとおりであるから、ここにこれを引用する。したがつて、その後会館管理者において改めて被告人らの滞留を許容した事跡の認められない本件においては、被告人らが会館から退去するまでその侵入状態が継続し、別段不退去罪が成立することはないのであるから、共告人らが警官隊の強制退去の措置によつて退去したか、または自発的に退去したかは犯罪の成否に直接関係がないということに帰する。ざが、それはそれとして、被告人ら、ことに被告人山下、同小野が会館建造物内に入つてから、その管理の代理を認容されていた岡崎教育長より退去の要求を受け、さらに本件当日午后一一時三〇分頃より翌日(六月八日)午前一時五〇分頃までの間管理者馬場会館長の代行として指導主事からマイクでくりかえし退去の要求を受けながら同日午前二時一〇分頃警官隊による強制退去の措置が行なわれるまで会館内に滞留し正当の事由なく退去したかった、との原判決摘示の事実そのものは、原判決基示の関係証拠により優に認めることができ、記録を精査しても所論のような事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

第三、同弁護人らの法令適用の誤りの論旨について

一、被告人らの立入ないし不退去の正当性について

所論は、要するに、六月八日から予定されていた本件協議会は新憲法に則つた平和民主教育を破壊するものであり、これを防衛するため被告人らの所属する労働組合は本協議会不参加の基本方針を樹立し、被告人らは福高教組、福高組の最高幹部として日教組の指示及び所属組合の方針に従い、第一には岡崎教育長らと本協議会中止について最後の交渉をし、第二には会館に宿泊している受講予定者と本協議会不参加の話合をする目的をもつて会館に立入つたものであり、その立入りの手段方法もきわめて自然なもので、且つ会館内における受講予定者との話合もきわめて平穏なものであつたから、被告人らの本件行為は正当な事由があり、刑法第一三〇条の犯罪を構成しないものというべく、これを同法条に該当するとした原判決には法令適用の誤りがある、というにある。

よつて、審按するに、原審内びに当審において取調べた証拠によれば、被告人らが所論の目的のもとに会館に立入つたことが認められ、被告人らがその所属組合の幹部として日教組の指示及び所属組合の方針に従つて本協議会の主催者を相手にその中止の交渉を要求し或いは受講予定者と話合をしようとすることそれ自体の毫も仕当でないことは所論のとおりである。しかしながら、刑法第一三〇条にいう「故なく」とは、原判決が適切にも指摘するとおり、行為者の目的がその重要な要素となるであろうが、目的が正当であるからといつてそれだけで侵入ないし不退去を正当ならしめることにはならず、侵入ないし不退去そのものを正当化するだけの事由がなければならない。本件に現われた被告人らの会館への立入行為及びその後会館から退去するまでの行動の経過はすでに説示したとおりであつて、これによれば被告人らの会館構内立入行為は、いずれも管理者の意思に反した侵入行為に外ならず、その立入行為及び退去するまでの行動の態様は必ずしも所論のように自然なものであり、また平隠なものとは認められないから、その主観的目的が前記のように正当であつたとしても、それだけで被告人らの本件行為が正当化されるとは解されない。原判決が被告人らの所為につき正当の事由がないと判断したのは(但し被告人山下、同小野の会館への侵入行為を認ゞず、不退去行為のみ認定した点は別として)結曲において相当であり、原判決が説示するところの正当事由の存否に関する判断に、所論のような誤りがあるとは認められない。論旨は結局において理由がない。

二、適法有効な退去要求並びに不退去行為の存否について

所論は、要するに、刑法第一三〇条の不退去罪が成立するためには、管理者からの適法有効な退去要求があること、その退去要求が相手方に知らされていること、及び相手がその退去要求にかかわらず理由なく退去しないことなどの要件を必要とするが、本件においては会館管理者から適法有効な要求があつたとは思われず、また被告人らにおいて退去要求があつたこと、もしくはその退去要求が適法有効なものであることは知らず、仮りにそうでないとしても被告人らは岡崎教育長と本件協議会の中止について交渉し、また受講予定者に協議会の不参加を説得するという正当な目的から同教育長及び受講予定者の交渉ないし話合をしたのであるから、不当に退去しなかつたということにはならない、というに帰着する。しかしながら、被告人中村、同今仁については論外として(原判決は同被告人らにつき不退去罪の成立を認定していないので)、被告人山下、同小野の本件会館への立入り行為が、原判決の認定と異り、建造物侵入行為と認むべきものであること、及び同被告人両名のその後における会館内の滞留行為は別に不退去罪を構成しないものであることはすでに説示したとおりであるから、同被告人両名の不退去罪の成立を前提とする所論は必ずしも適切ではなく、敢えて判断する必要を認めない。ただ、前述の岡崎教育長の退去要求及び中野、岩下両指導主事が会館管理者の代行として会館内放送室からマイクで放送した退去要求がいずれも適法有効なものであり、しかも同被告人らがこのような退去要求を聞きながら何ら正当な事由がなく会館内に滞留して退去しなかつたものであることは、原判決の説示するとおりであつて、原判決の右半断にことさら不合理と認められる点はなく、すくなくとも、同被告人らの侵入行為による違法な状態が、前記のように警官隊による強制退去の措置によつて同被告人らが退去するまで継続したものであるというべきであることを附言する。論旨は結局において理由がない。

三、正当な団結権、団体交渉権、団体行動権の行使としての違法性阻却について、所論は要するに、被告人らの所属する日教組、福教組及び福高教組は、会館で開催予定の本件協議会が組合の指向する平和民主教育を根底から破壊するものと考え、また本件協議会の強行が組合の統制を破り、団結を乱すものと判断していた。被告人らの会館立入り並びに受講予定者の組合員に対する不参加説得行為は、日教組の指示及び福教組、福高教組の正式な機関決定に基づくもので、しかも被告人らの有する団結権、団体交渉権、ないし団体行動権の正当な行使としてなしたものであり、組合幹部たる被告人らが組合員たる受講予定者に対し組合の指令の趣旨を説明し、指令どおり行動するよう説得することは組都幹部として最も基本的な活動の一つであるから、労働組合法第一条第一項の刑事免責条項の適用を受けないことはあり得ず、またその手段、方法の面からも健全な労働良識に照らし行き過ぎがあつたとは認められないから、同法条の適用を排斥した原判決は法令の適用を誤つたものである。というにある。

よつて、審按するに、労働組都法第一条第二項によつて刑事上の免責を受ける行為は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて、(一)労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、(二)労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出すること、その他の団体行動を行なうために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること、(三)使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること存びその手続を助成すること、の目的を達成するためにした、しかも正当なものでなければならないことは、同法第一条第一項、第二項の規定により明らかである。そして同法第一条には右三つの目的が並列的に掲げられているが、同法制定の精神に鑑み、右第一の目的である労使対等の立場の促進による労働者の地位の向上ということが最も基本的な目的であつて、第二、第三の目的は右第一の目的達成のためのものであると解せられる。したがつて、労働組合の行為がその目的の如何を問わず、すべて同法第一条第二項の規定の適用を受けるものとは解されず、右目的による制約を受けるのは当然である。本件についてみるに、原判決の認定した本件事件発生に至るまでの経過事実によれば、被告人らの属する日教組、福高教組が、昭和三三年八月二八日付文部省令第二五号による学校教育法施行規則の改正による教育課程の改訂に対し、それが同組合の指向する平和民主教育を破壊し、憲法、教育基本法に違反する反動的、嵩一的な教育内容を行政権によつて教員に強制するものであるとして反対し、日教組においては昭和三三年七月第一八回臨時大会において教育課程改訂反対の決議をなし、さらに教育課程研究全国集会を開いてその批判、研究を行ない、ついで同年十月第一九角臨時大会、同年一一月第四六回中央委員会、昭和三四年一月第四七回中央委員会、同年二月第二〇回臨時大会等において教育課程反対の具体的闘争方針を決定し、これに基づいて日教組中央執行委員長より傘下の各都道府県教組委員長宛に指令、指示を発し、昭和三四年二月二四日付指令第一二号より文部省の施行する教育課程移行措置に対し、これに反対する日教組の基本的態度を明らかにし、「各県教組は直ちに県教委と交渉を行ない、移行措置講習会(本件協議会がこれに該当する)の計画を阻止し、教育課程の自主編成のための闘いを展開されたい」等と具体的指示を行ない、以来引き続きその後の情勢に応じて同年四月までの間に指示第一五号、第一七号をもつて各都道府県教組に対し移行措置反対闘争についての具体的指示をなし、また福岡県教職員組合協議会(福教組、福高教組及び福岡県下の大学教職員組合をもつて構成)の名において日教組に加盟する福教組、福高教組は前記日教組の指示をその執行委員長より順次各支部、各分会に伝達指示して所属組合員に示達し、さらに前記日教組の指示に基づいて本件協議会開催阻機の対策をたて、昭和三四年六月四日頃各支部長に対して、各支部は同月八日から十日にかけて行なわれる本件協議会に出席するものを緊急調査し、出席しないよう極力説得に努め、且つ協議会開催当日会場附近において出席者に対し不参加の説得を行なうため一定の動員を行なう旨の指令を発したのであつて、被告人らの前述のような会館への立入行為ないし説得行為は日教組の指示及び福教組、福高教組の意縮決定ち基づくものであつて、所論のように組合活動としての行動であることには異論がない。しかし、その行為は右のような旧教組の指示、福教組、福高教組の指令等に窺えるように労働組合法第一条第二項、第二項に規定する目的を達成するためになされたものとは認められず、またその目的達成に随伴するものとも認められないから、直ちに同法第一条第二項の適用があるとは解されなき。被告人らの行為が組合の統制を保ち、団結権を擁護する目的をも含むことは否定できないが、労働者ないし労働組合に保障される団結権、団体交渉権、団体行動権は基本的には労使関係を通じての労働者の地位、つまり経済的地位を向上させることにあると解すべきであるか、労働者は経済的地位の向上を目的としない労働組合の行為にまで団結権擁護の名の下に右条項を適用すべきいわれはない。

のみならず、被告人らの本件行為は、所論のように団結権、団体交渉権、団体行動権の行使としてなされたものであるとしても、元来団体交渉や説得は平和的になさるべきものいるから、すでに説示したところに鑑み、その手此、方法としとも必ずしも正当なものとは認められない。

これを要するに、原判決が被告人らの行為につき労働組合法第一条第二項の適用を排斥したのは相当であつて、所論のような誤りがあるとは認められない。論旨は結局において理由がない。

四、正当行為ないし超法規的違法性阻却について

所論は、被告人らが会館に立入り、岡崎教育長との交渉や受講予定者の説得を行なつたのは、教育に対する権力支配を排し、憲法、教育基本法の精神に則つた平和民主教育を擁護するためであり、直接的には労働者としての被告人らが有する団結権、団体交渉権、団体行動権の行使としてであつた。県教育委員会は組合の団体交渉権を尊重せず、組合の交渉申人れを無視し、被告人らが団結権、団体行動権に基づいて所属組合員である受講予定者を説得することまで防害し、組合員を組合の手のとどかない所に閉じ込めておいて、憲法の精神に反する官製講習会たる本件協議会を強茲しようと企てたのであつて、このような県教育委員会のやり方は平和憲法をふみにじり、且つ被告人らの団結権、団体交渉権、団体行動権を破壊するものである。被告人らの立入り行為によつて侵害さるべき法益があるとしても、それは被告人らの行為によつて防衛さるべき法益に比べればあまりにも微少であり、しかも本件協議会を翌日にひかえ、受講予定者が多数会館に評じ込められていた当時の状況に鑑み、被告人らとしては自己との権利を守り通すために会館に立入らざるを得ない急迫した事情にあつた。このような観点からみると、被告人らの立入り行為が外形的に刑法第一三〇条の構成条件を充足し、労働組合法第一条第二項の刑事上の免責規定の適用がないとしても、その行為は憲法を頂点とするわが国の法秩序全体の精神からみて実質的な違法性を欠き、超法規的に違法性を阻却するものとして罪にならない。しかるに原判決は、県教育委員会による本件協議会の開催及びこれについてとつた措置が憲法並びに教育基本法の精神に基ぶく平和民主教育を崩壊させるものではないとの判断に立ち、原審における右と同趣旨の主張を排斥したのである。原判決には重大な誤りがある、というにある。

よつて“審按するに、原判決挙示の証拠によれば、原判決が摘示するとおり、終戦を転機として教育制度が根本的に改革され、基本的人権の尊重と平和主義の原理に立脚した日本国憲法の精神に則り、教育の基本的な在り方を明定した教育基本法その他の諸法令が整備され、これに伴い文部省が昭和二二年小学校、中学校における指導計画を適切ならしめるため、その基礎となる教育課程の手引ないし参考資料として学習指導要領を編修発行したが、昭和二六年並びに昭和三〇年にその改訂を行ない、さらに昭和三三年八月二八日付文部省令第二五号により学校教育法施行規則の一部を改正し、中学校の教育課程中職業、家庭科を技術・家庭科に改めるとともに、中学校の教育課程については○○○教育課程の基準として文部大臣が別に公示する中学校学習指導要領によるものとし(同規則五三条、五四条の二参照)ついで同年一〇月一日文部省告示第八一号により中学校学習指導要領を改定してこれを公示し、これに法的拘束力があるとの見解をとり、左教科にかかる部分については昭和三七年四月一日より実施することとし、右改訂に伴う移行措置として、全国五地区において技術・家庭科の研究協議会を開催することを決め、関係教育委員会に対しその旨の通知を発し、これに基づいて九州地区においては文部省並びに福岡県教育委員会の共催により、昭和三四年六月八日から三日間、会館において右協議会が開催されることになつたこと、本協議会に参加する受講予定者は当該教科関係の指導主事の外、主として工業高校教諭を対象とし、各高校長を通じて受講参加を依頼した結果、これを承諾した受講予定者の数が九州地区で合計九〇名に及び、県教育委員会ではこれらの受講予定者を会館内に宿泊せしめることとし、協議会開催の前日である六月七日会館に集合するよう要請したことが認められる。ところで、本件協議会開催のそもそもの発端となつた前記学校教育法施行規則の改正に基づく教育課程の改訂ないし学習指導要領の改訂(その公示の形式を含む)が、所論のように憲法及び教育基本法の精神に反するかどうかについて検討するに、教育課程の編成権が本来どこにあるかは議論の及するところでにわかに断定できないが、従来といえども文部省に教育課程編成権があつた(学校教育法第二〇条、第三八条参照)ことは明らかであり、これによつて前記のように学習指導要領をその手引ないし参考資料として編集発行してきたのであるが、他方、地方の教育委員会にもその編成権があることを否定できない(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条、第三三条参照)から、文部大臣の定める教育課程の基準たる学習指導要領は教育委員会の権限を侵害しないものでなければならず、またそれは教育現場である学校及び教師の教育の自主性及び教育計画の自主性を不当に支配し、侵害するものであつてはならない。したがつて文部大臣の定める学習指導要領はなるべく大綱的なものに止ることが望ましく、そしてこれに対して余りに強い強制力を持たせないことが望ましい。そこで前記文部省告示第八一号によつて公示された学習指導要領についてみると、各教科の教育内容、方法等につきかなり詳細な点にまで及んでいると認められる部分が散見され、右の観点からすれば必ずしも適当なものと思われない部分がないとはいえないが、しかしこの指導要領が告示という公示の形式をとつたからといつて直ちに法的拘束力を有するとは認められず、むしろそれまでの学習指導要領が教育課程の手引きと考えられてきた沿革との関連において文部大臣ないし文部省当局の指導、助言としての効力を有するものと解するのが相当である(したがつて前記文部省当局の法的拘束力を有するとの見解には賛同し得ない)から、その運用の如何によつては必ずしも地方教育委員会の権限及び学校、教師の教育の自主性を侵すものといえない。また前記教育課程改訂の内容そのものについても、いまだそれが憲法ないし教育基本法の精神に反する不当なものとは認められない。のみならず本件協議会の受講予定者は前記のように受講を承諾しているのであつて、原審並びに当審において取調べた証拠を精査しても、いまだ県教育委員会において本人の意思を無視して受講を強制し、また会館内に閉じ込めたと認めるに足りる資料はない。このようにみてくると、今次学校教育法施行規則の一部改正、教育課程の改訂、これに基づく学習指導要領の改訂及びその徹底と担当教師の学習指導能力の充実向上のためにとられた移行措置としての本件協議会が、所論のように憲法ないし教育基本法の精神に反し平和民主教育を破壊するものとは認められない。もつとも所論指摘の証拠によれば、政府が講和条約締結後教育行政について深い関心をもちはじめ、教育委員会法の大巾な改正(地方教育行政の組織及び運営に関する法律の制定)、義務教育学校における教育の政治的中立確保に関する臨時措置法の制定、教育公務員特例法の一部改正、前記学校教育法施行規則の一部改正及び勤務評定と実施等々によつて教育行政面における統制及び教育内容に関する指導、助言の強化をはかろうとした向きがあることは窺知できるけれども、これらが所論のように平和民主教育を破壊し、憲法ないし教育基本法の精神に反する一連の布石と断定することはできない。したがつて本件協議会の開催が憲法ないし教育基本法の精神に反し、平和民主教育を破壊するものであるとの所論はとうてい採用し得ず、その余の点についても原判決の説示は相当であつて、本所論に関する原判決の判断に所論のような誤りがあるとはいえない。論旨は結局において理由がない。

五、期待可能性による責任阻却について

所論は要するに、被告人らは本件以外に他に適法な行動に出ることを期待することができなかつたのにこれを容認しなかつた原判決は期待可能性に関する法理の解釈適用を誤つたものである。というに帰する。

しかしながら、原審並びに当審において取調べた証拠を精査するも、所論のように、被告人らが本件所為以外に他に適法な行動に出ることが期待できなかつたと認むべき事情は存しない。

原判決には所論のような誤りがあるとは到底認められない。論旨は理由がない。

第三、検察官及び弁護人らの量刑不当の論旨について

検察官は原判決の量刑軽きに失するといい、弁護人らは重きに失するという。そこで各所論に鑑み記録を精査するに、被告人らの本件所為は外形的には計画的組織的、集団的犯罪として法の支配を排除し、秩序を乱すものであり、尊敬さるべき教師、平和民主教育を口にする教師の行動としてはきわめて遺憾なことではある。しかしながら、本件犯罪は教育に関する教育行政当局との世界観的な根底の相違に基因するものであつて、その目的、動機そのものにはことさら非難すべき点はなく、被告人ら各自の行動を個々にみると、ことさら悪質なものとも認められず、その他記録に現われた被告人らの地位、経歴、環倹及び被告人らの教育に対する熱意等諸般の情状に照らすと、被告人らに対する原判決の量刑は決して軽きに失するとは認められず、むしろ右情状のほか地方公務員法第一六条第二号、第二八条第六項、教育職員免許法第五条第一項第四号、第一〇条第一項等の適用上、教員の免許状が失効しその地位を失うに至ることを考え合わせると原判決の量刑、とくに徴役刑を選択した点は重きに失する憾みがある。検察官の論旨は理由がないが、弁護人らの本論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書を適用してつぎのとおり自判する。

(被告人山下、同小野の罪となるべき事実)

被告人山下隆二は昭和二三年三月東京農業専門学校を卒業して、福岡県立田川農林高等学校教諭となり、福高教組田川支部青年部長、書記長、福高教組執行委員等を経て、昭和三三年一二月福高教組執行副委員長に選出され、組合業務に専従していたもの。被告人小野明は昭和一五年三月小倉師範学校を卒業して門司市の小学校教員として奉職し、福教組の執行副委員長等を経て、昭和三二年四月福教組執行委員長となり組合業務に専従していたものであるが、いずれも昭和三四年六月八日から三日間、福岡市西新町の福岡県立社会教育会館において開催される文部省及び福岡県教育委員会共催の昭和三四年度中学校教育課程(技術、家庭)九州地区研究協議会に対し、その開催に反対する日教組の指示及び福高教組並びに福教組の右協議会開催阻止の対策に従い、右協議会に参加するため集合してくる受講予定者に対し不参加説得を行ない、或いは教育長と開催中止の話合を行なう目的のため、被告人山下は同月七日午后三時頃、被告人小野は福教組の組合員六、七〇名とともに同日午后七時すぎ頃会館周辺に来集して待機していたが、同日午后十一時頃会館正門脇東側通用門から他の組合員とともに会館長馬場常彦管理にかかる会館の構内並ぶに建造物内にほしいままに立入り、もつて人の看守する建造物に故なく侵入したものである。

右事実に対する証拠の標目は原判決挙示の関係証拠と同一であるから、ここにこれを引用する。

被告人中村、同今仁に対する原判決の確定した事実及び同山下、同小野に対する判示事実を法律に照らすと、被告人らの各所為は刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、所定金額の範囲内において各被告人を罰金二、五〇〇円に処し、被告人らにおいて右罰金を完納できないときは刑法第一八条を適用して金二五〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し、原審並びに当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

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